よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

自分ひとりの部屋を持つ幸せ

自分だけの部屋ってありますか?

僕はマンションに1つ、自分だけの部屋があります。

 

中には書棚とクローゼットと机があります。

読書をしたり、文章を書いたりするのは、たいていこの部屋の中です。

あとは、一人でぼーっとしたり、居眠りをしたり。

 

自由を感じるのは、どんな時でしょう。

知らない土地を旅したり、お金を派手に使うというのもありなんでしょう。

楽しそうです。

 

でも、一番手っ取り早く自由を感じる方法は、

「自分だけの場所で気ままに過ごす」ことなんじゃないかと思っています。

 

だからこそ、自分の部屋というのはとても大切です。

 ただ、分かっていても、なかなか自分の部屋を自分好みにするのは難しい。

思い付きで模様替えをしても、なんだかチグハグな気がしますし、

かといってトータルにコーディネートするのも難しいです。

何よりもお金がかかる……

 

いかんいかん。 

こういう時には、作家の森茉莉先生のお言葉で、自分を叱咤したいと思います。

僕が「この人は自由だな」と思うのは、経済的な豊かさを持つ人ではなく、

小さな豊かさを感じる感性を持つ人だったりします。

 森茉莉さんは、そんな感性を強く感じさせる方です。

僕は心のささくれた雨の日の夕暮れなどに、時々エッセイを読み返します。

 

プロフィールを引用します。 

森茉莉

(1903-87)東京生まれ。森鴎外の長女。

二度の離婚の跡、1957年父を憧憬する娘の感情を繊細な文体で描いた随筆集『父の帽子』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞、50歳を過ぎて作家としてスタートした。

 

森茉莉―贅沢貧乏暮らし

森茉莉―贅沢貧乏暮らし

 

 

 

50歳を過ぎてから、文章で活躍されているところに勇気をもらえますね。

この方は小説で泉鏡花賞も受賞されているのですが、僕は特にエッセイを好みます。

ちょっと引用してみましょう。 

 

貧乏な私がタオルや、一本の匙に贅沢をする、空壜の薄青にボッチチェリの海を見て恍惚とする。これは「贅沢貧乏」である。戦後贅沢貧乏をやってみて、今の私は「贅沢」より「贅沢貧乏」の方が好きになった。金を使ってやる贅沢には創造の歓びがない。

 

「贅沢貧乏」

いいですね~。物の少ない時代にあっても、素敵な部屋を作ることはできたのです。

僕がやってできないことはなかろう、と思います。

お気に入りの物を置きたいですね。

ただ、物を増やす前に、スペースを空けなければ。

 

ということで、やりました! 

もはや読み返さない本(読めないフランス語の洋書など)、

着ない服(Vネックのシャツやタンクトップなど…)、

意味の分からない書類(4年前の盆踊り祭りのご案内など)

ゴミ袋5袋以上になりました。

本棚も1つ減らしました。

 

さらに、僕の部屋には中央に大きなリクライニングのチェアが鎮座しています。

デスク用のチェアもあるので、1部屋に椅子2つも要らんな…と思っていました。

 

ということで、リビングの古くなってカバーのやぶれた巨大ソファを処分し、

空いたスペースにリクライニングのチェアを移動しました。

僕の部屋の中央が、びっくりするくらいすっきりしました。

 

いやあ、やればできるもんです。

不思議と、不要な物がなくなっただけで、リラックス感が増しますね。

心なしか、部屋の温度も下がった気がします。

 

ただ、あまりに殺風景で、「贅沢貧乏」ではなく「単なる貧乏」な部屋なので、

早急に何とかしたいと思います。

神棚も置こう。

 

それにしても、部屋でくつろぐ時間、大切にしたいです。

今は片付いた部屋で、コーヒーを飲みながらブログを書いています。幸せ。

 

最後にもう少し、森茉莉先生のお言葉を。

 

私は毎日ごろごろして文章を書いては、出来ない相談の大きな夢を見て暮していたがこのアパルトマンの生活は楽しくて気楽で、私にとっては無上の天国であった。

 

「幸福」は毎日帰って行く部屋の中にだけ、あった。

 

部屋でごろごろして、行きたい場所、感じたいこと、会いたい人などに

思いを馳せる時間は、「自由への入り口」なんだと思います。

 

そんな場所を、よりよくしていきたいと思います。

 

自分になるために

 

マリアのうぬぼれ鏡 (ちくま文庫)

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