よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

若者から「やんのかコラ」と言われたので、対応しました。

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さきほど、職場から帰る途中に、若者にからまれました。

 

きっかけは、ちょっとした接触です。

 

スクランブル交差点で、斜めから来る人とすれ違うのって難しくないですか?

こんな感じですれ違う時に、足がぶつかったんです。かすったくらいですけど。

 

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僕は「ぶつかられた」と思いましたが、特に気にせず道を進もうとしました。

すると、すれちがったはずの若者が僕の隣にいるんです。

眼鏡をかけた、ちょっとワル系のファッションをした男子です。

わざわざ道路を渡って戻ってきたようです。びっくり。

彼はこちらに話しかけてきました。

 

「やんのかコラ」

 

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「さっきぶつかっただろ?謝れよ。」と若者は言っています。

 

僕は「ぶつかられた」と思っていたので、すぐに返事ができません。

身の危険を感じたので、状況を分析しました。

 

①ここは人通りの多い場所である(周りの人は注目してくれている。)。

②ここから離れなければ、大事にはならない。

③決して自分から手を出してはいけない。

 

相手は、口汚くこちらを罵ってきます。

その間に、僕は相手の戦力をはかっていました。

 

①相手は単独行動である。

たとえば親父狩りのような集団による暴力の場合、人通りのある場所では行われません。ですが、今からまれている場所は駅前の人通りの多い場所です。警察署も近くにあります。

事の発端(足の接触)を考えてみても、相手は単独行動であり、突発的に僕に絡んできていると理解しました。ただ、仲間を呼ばれるのは怖いので、相手の右手にあるスマホには注目していました。

 

②相手は僕より体格が小さく、武器もない。

若者の身長や腕の細さを見ました。

僕は身体能力は低い方ですが、身長は高い方なので、「本気で戦えば、大丈夫だろう」と思いました。

 

さらに、若者の持ち物はスマホだけのようです。一方、こちらはレザーのビジネスバッグを持っており、中には妻が作った弁当の金属製の容器があります。素手の相手から身を守る盾としては十分でしょう。

 

③相手は度の入った眼鏡をかけている。

眼鏡のレンズの奥に見える輪郭が屈折して見えます。

眼鏡に度が入っている証拠です。

いざとなれば、真っ先に相手の眼鏡を奪って道路に放り投げてやろうと思いました。

一方で、自分の眼鏡は死守せねば、と思いました。

 

ひと通りの分析が終わって、「これは大丈夫なパターンだ」と理解しました。

僕が10代の頃は、学校が荒れていたりしたので、ヤバいパターンは分かります。それは、集団の相乗効果によりサディズムが増幅する場合です。いじめの構造です。

 

若者は、あいかわらず「謝れよ」「ぶつかっただろうが」という主張を繰り返しています。特に金銭の要求もなく、その先に展開していきません。

 

若者「謝れよ」

僕「なんでですか?」

若者「ぶつかっただろうが。」

僕「ぶつかったのは、そちらですよね?」

若者「そっちがぶつかったんだよ。」

僕「じゃあ、どちらもぶつかったってことじゃないですか?」

若者「何だよそれ、そっちがぶつかったんだよ。」

僕「いえ、僕はぶつかったつもりはありませんよ。」

 

かつてないほど「ぶつかった」という言葉を使う会話を繰り広げていました。

僕たちは、「拍手をする時、右手と左手のどちらが鳴っているのだろう?」という禅の公案のような言い争いをしていました。

 

そのうち、相手もさすがに言うことがなくなってきたようです。

こちらとしても、特に述べることはありません。

夜回り先生なら、「どうした?家に帰んないのか?」なんて言うのかもしれませんが。

 

特に話すこともないのに、お互いに離れるきっかけを掴めませんでした。

 

「さよなら」を言うのが苦手なカップルみたいな感じでしたね。

面倒くさい。そしてお腹が減った。 

 

状況が展開したのは、しびれを切らした若者の言葉によってでした。

 

「おい、今からやんぞコラ、ちょっとこっちに来いよ」

 

彼が手で示す方向は、人通りのない裏道です。 

その時、僕は正直、「ちょっとまずいな・・人通りのない場所はちょっと不安だな。勝てると思うけど、警察とか職場への報告も大変そうだ。今、結構大事な時期だし。」と思いました。

 

それにしても、なんて返事をしたらいいのか。

「ええ、それでは一戦交えますか。」と言うのも、

「いいえ、やりたくありません。帰りたいです。」と言うのも、ピリッとしません。

 

僕が特に考えず出した言葉は、

 

「いいけど。ここから離れると、あんた、誰の助けも呼べなくなるよ。」

 

表情を変えず、抑揚のない声で、相手の目を見て言いました。

少し、殺気をこめました。

 

若者が、僕の言葉を聞き取れたのか、理解できたのかは分かりません。

ただ、彼は僕の言葉の後、

 

「馬鹿、死ね!クソが。」

 

と言い残して、再び道路の反対側へと走っていきました。

これが結末です。

 

「どうかもう二度とお目にかかりませんように。 お互いのために。」

と思い、僕は彼の行く先を見ていました。

 

そこからの帰り道。いつもと変わらない風景です。

人々は帰り道を急いでいます。何かを考えながら。

 

僕は、歩きながら反省していました。

 

最初に「謝れよ」と言われた時に、あっさりと「すみませんでした。」って言えばよかったのかな、と。

そうすれば、もっと簡単に終わらせることができた気がします。

 

それができなかったのは、「謝れよ」と言われて謝るのが、何となく悔しかったんでしょうね。

 

それは結局、自分の怒りに反応してしまったということです。

修行が足りないですね。僕は仏教の本をよく読むのですが、感情と行動は分離できると言います。

 

怒るような状況が生じるのは、しかたがない。避けられないことです。

でも、それを自分の心に入れて、怒りを生み出すのは、避けることができます。

そのコツは、「怒り」が生じる瞬間に、その感情を把握して、つかまえて、それから離してあげることです。

 

僕は、まだまだ修行が足りないようですが、スマナサーラ長老の本でも読み直して、もっと自分をコントロールできるようになりたいな、と思います。

あと、格闘技も身につけておいた方がいいな… 心身両方を鍛えられそうですよね。

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)

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