よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

アルビノーニ


外はやはり日も落ちてかなりの寒さになっており。
僕は、いやこれはいかん、また風邪をひいてしまうと思い。
食料品と本を数冊買って家へ舞い戻ってきたのである。
結局チェコ映画祭にはいけずじまいであった。
いやしかし文学をもってそれに変えようと思い適当に買った本が3冊。
1.太宰治ヴィヨンの妻
2.京極夏彦「絡新婦の理」
3.さわりで覚えるクラシックの名曲50選
である。3のクラシックのCD付の解説本はなかなか役に立ちそうだ。
クラシックといえどもその数は膨大にある。
聴いたことはあれどもどの作曲家のものか分からぬと思っていたものがこの本ですぐに分かる。
たとえばバッハのシャコンヌの旋律に聞き覚えはあったが、バッハによるものとは知らなかった。
この本のCDは二枚組みで、一枚目が「バロック時代・古典派」で二枚目が「ロマン派・近代現代」
二枚を聴いてはっきりしたのが、自分は一枚目のほうに強く傾倒しているということだ。
バッハの「G線上のアリア」やアルビノーニの「オルガンと弦楽のためのアダージョ」や・・
美しくて分かりやすい甘いメロディーが好きだ。
しかしこんなことをいっている僕ではあるが、クラシックをずっと好きだったわけではない。
むしろ苦手だったかもしれない。
だから思う。年を取るというのは奥の深いことよなあってね。
中学のころはドリカムや米米クラブを聞いていた。
高校のころはヴィジュアル系に傾倒していて、ラルクやLaputaが好きだった。
大学のころはフレンチ→ボサノヴァグラスゴーロック→スウェディッシュポップ→
クラシックロック→パンク→ジャズ→クラシック→Jpop・・と無茶苦茶だった。
今僕のCDラックは混乱をきたしている。歴史の重みによって。
ビル・エヴァンスの隣に川本真琴。その隣にセルジュ・ゲンズブール
僕は、もしかしたらもう川本真琴を聞くことはないのかもしれない。
でもそれは、彼女の音楽が嫌いになったからなのではなく、
その音楽とともに甦ってくるであろう
高校時代の甘酸っぱいあれこれが
照れくさくてかなわないのだ。
たぶん、焼きそばパンとか聴いたら泣いてしまうんだと思う。