よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

終わってしまったということ


3連休の最終日ということもあり、このまま出かけずに連休を終えるのも
さびしいことだなと思い、ミュシャ展を見に上野まで行くつもりでした。
ひとまずお昼時だったので、高田馬場の乗り換えの際に食事を取りました。
そうしている間にどんどん元気がなくなっていくのです。力が入らない。
やはり今回の発熱で相当体力を消耗してしまっていたのだなと思い、
部屋に帰ってきました。時間は午後4時くらいでした。
もうこの時間になると休みは終わってしまったのだなと思いさびしくなります。
楽しみにしていた3連休も終わってしまった。こうゆう時、時は流れたのだと、
取り返しなどつかないのだと思い知らされ愕然となります。
死にたくなったりします。本当に死にはしませんが。
明日が、憂鬱でなりません。また再び働かなくては。
生活のために。そんな日が来るなんてこと、子供のころには思いもしませんでした。
全ては、眼前に突きつけられ、逃れようのないときにやってくる。
きっと死もそういうものなんでしょう。
まだ死なないと分かっているからこそ死にたいなどと言っている。甘いものです。
ショパンの別れの曲が流れています。
ショパンはこの曲を初恋の人コンスタンツィアのために作ったそうです。
片思いを打ち明けられないままに、彼女の結婚を耳にしたそうです。
切ない話だと思います。しかし卑怯でもある。
打ち明けない恋は、切なくも甘美なものです。
まだ、可能性が残されているからです。
打ち明けていたらというifは残されているからです。
僕は、打ち明けはしない。怖くて。
この残されたわずかな希望までも奪われてしまったのなら
どうにもやりきれない。
ショパンはこの美しい旋律を残しました。
僕は、何が残せるだろう。今考えているところです。