よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

サテライトデ サガシテホシイ

FANTASY
MY LITTLE LOVER, TAKESHI KOBAYASHI
トイズファクトリー

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shiny shoe
かがやく靴をいつもこころの足元に置いて

lonely night
悲しいときも明日はどこか出かけていこうか

shiny shoe
磨いていたらきっと何かが写し出されるよ

lonely night
埃被って泣きっ面の夜の片隅でも




MY LITTLE LOVERの「FANTASY」というアルバムを聴くと、
何かを必ず思い出す。
これは、2004年の記憶。
仕事の始まり、不安、片思いの記憶。

僕にとって音楽は香りに次いで、僕にとって記憶を繋ぐものだ。
たとえば、今書いているような文章は、
僕の今の感情を保存しない。
2010年に読み返したら、事実は思い返しても、
感情は戻らない。

だから僕は音楽を愛する。

音楽と共に立ち上った夏の香りや、虫の鳴き声や、
好きだった人の嘆きや笑い声や、
そうゆうものを思い出す。

そしてこうゆう時には、恋人のこともしばし忘れる。
それでいい。
僕等はまだ他人だということを、
どこかで思っていたい。
愛しさは、そうゆう揺らぎによって生まれる。
揺れる花弁の香りのようだ。

思い出す。
その時に僕はもしかしたら、
過去に愛していた人を、同じように愛しているのかもしれない。
感情ごと過去に立ち返るとはつまりそうゆうことだ。

こうゆうこと、誰にでもあるんだろうか。
まさか、恋人に話すことはできないけれど。

そしてやはり恋人を好きだと気付いて安堵したりもする。
触れることが悪いことだと思いつつも、
それは気持ちのいいことだ。

全部過去になればいいのに。
時々そう思う。
未来を悲観しているわけではない。
人とは違うかもしれないけれど、僕は
「未来にはもっと過去が増えているだろう」ことを思って楽観する。

生きていることが苦しくなったり、
誰のことも、愛情とは遠いところに感じてしまったりするとき、
何もかんがえないようにするしかないのかな。

今週は、僕にとっては一番プレッシャーになる仕事が待っている。
でも、それも過去になる。

天国とはきっと、過去だけを持ったままに未来をなくした理想化された場所。
そんな気がする。
それは寂しいことかな。
ごめんね。

僕は小説を書きたいと最近強く思う。
どうゆう物語がいいかな。
泣くような感動的な話よりは、
じわりとした痛みを優しく書けたらいいな。

昨日は吉祥寺バウスシアターで、「ラストデイズ」といいう映画を見た。
ロックシーンで絶頂に達しながら自殺したニルヴァーナのヴォーカル
カート・コヴァーンの最期の二日を想像したフィクションだ。

暗闇の中で、爆音で鳴らされる不協和音・教会の鐘・若者の叫び
自然と、教会の鐘。
怖かった。寂しくって苦しかった。
都会よりも、きっと神様を強く感じることができるであろう森。
静寂。
僕の死のイメージ。

そこで僕が救いを求めたのは、
遠くにいる恋人だ。

ねえ。僕は一人だけれど、
ずっときっと一人だけれど、
そばにいてくれるかな?

君しかいないんだ。
君にしか注がれないんだ。

世界が変わらなくても怖くても痛くても、

未来なんかいらないとか言ってしまう僕を、

いつものように抱き締めてくれよ。

君を想って泣く


君の前でも、泣いたね。



読まれることのないであろう恋文は、
こうして空中に投げ出された。

誰か、誰か、誰か。