よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

チェコ一日目 2004/2/23


チェコ・ルズィニエ空港に着いたのは現地時間で18時前だった。


オランダのスキポール空港から乗り換えて、
機内食のひどくまずいサンドイッチを食べながら、
雪の降りしきるプラハに降り立った。

気圧で耳が少し聞こえにくくなったことと、
20時間以上のフライトで頭は夢の中のようだった。
空港の中はなんともいえない香水のような甘い香りが漂っていて、
さらに僕は眩暈がした。

景色の色合いが日本よりずいぶんくすんでいる。
寒さとともに寂しさが訪れる。
ここはプラハ、僕がまったく知らない街。

無事に着いたことを母に電話した。
チェコで聞く家族の声は不思議なものだ。
日本はもう夜中の3時だ。
この場「もう」なのか「まだ」なのかはっきりしないけれど。
突然のわが子の無茶に対して、未だ理解はされていない。

電話が終わってから、僕はバス停を目指した。
だが早速方向音痴の僕は迷った。
空港の出口が分からない。
ぐるぐると彷徨う。
当たり前のことだけど、知らない顔ばかりの国だからね。

そうこうしているうちに、両替所の前に日本人がいた。
僕と同じく20代前半と思われる男が3人。
話しかけると彼らは気軽に話してくれた。
聞けばこの3人も空港で出会ったのだという。

僕も含め全員が細身の長身で、眼鏡をかけていた。
なんだか苦笑しながら、僕等はイミグレーションを通過した。

外に出ると、雪は激しく降っていた。
けれど、僕の胸には熱いものが流れていた。
プラハの夜は、これこそが旅情だと言えるくらいに異国だった。
チェコいいねー!」
ひとまず市内までは一緒に行くことになった日本人3人は次々に言い合った。

静かなのだ。圧倒的に。空港だから人はいるし交通もある。
けれど全ての音や感情を雪と古びた人工物が包むのだ。
悲しみが支配する場所に、魂が鎮められる。

バスの切符の自動販売機は壊れているし、
小銭は日本のように重みがない。
何もかもが使い古されている。
それもまたいい。

僕等は古びたバスに乗って市内を目指した。
見えるのは雪景色の中に浮かぶ森と住宅。
今頃多くの家庭で夕食がとられているのだろう。
暖かい雰囲気に包まれていた。

僕以外の3人はホテルを予約していたので、
おのおの別れた。
誰かについていくこともできただろうけれど、
でも、うん。
きっと、僕も彼らも独りになりたくてチェコまで来たんだ。
突然の出会いと別れだった。
彼らは今も僕をおぼえているだろうか。

僕は地下鉄に乗りプラハ城までほど近いI.P.Palvovaで降りた。
地下鉄のアナウンスもなんだかチェコっぽい。
女性の声で静かにつぶやく。
「イーペーパルヴォバ」

地下鉄を降りてから地上に上る。
あたりは吹雪で見えないくらいだ。
トラムが走っていて、建物はヨーロッパのイメージのまま。
僕は、そう。チェコに来たんだ。

ホテルを探さなければいけない。
初めての一人旅。なのに準備はまったくできてない。
ガイドブック頼りにホテルを探すが、見つからない。
看板も雪に埋もれているし、吹雪で視界は最悪だ。

僕はどうしようもなく、途方にくれていた。
そして誰かに道を聞くことを試みる。
人を選ぶ・・誰もが怖そうな顔をしていた。
そんな中、一人長身の金髪の女性を見つけた。

その女性は非常に優しく、ホテルまで案内してもらった。
英語だったから、チェコ人ではないのだろう。
あまり聞き取れなかったけれど、モデルをしていると言っていた。
とても素敵な笑顔の女性だったことを思い出す。
残念ながら僕は言葉を知らないから、
「ありがとう」と「さようなら」しかいえなかった。
また、出会いと別れだ。
ちょっと寂しい。

僕は案内されたビジネスホテルでひとまず3泊予約を取った。
1泊7000円くらいで、きれいなホテルだった。
ベッドはツインだったしね。

テレビをつけると「カードキャプチャーさくら」をやっていた。
ジャパニメーショが旧共産党圏にまで・・
でもおかげで少し気分が落ち着いた。

ホテルの7階からは雪に覆われた庭が見える。
僕はしばらく物思いにふけっていた。
寂しくて嬉しかった。

そして近所のマックで食事を取った。
夜明るいのはマックくらいだった。
プラハのマックでメキシコバーガーという、
サルサ仕立てのバーガーを食べた。
マックの味はどこでも同じだ。

食事も早々と切り上げて部屋に戻った。
明日の観光を前に疲れを取らなくては。

おやすみ。
また明日。