よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

夏休みに翳る光を

Bach: Goldberg Variations 1955
Johann Sebastian Bach, Glenn Gould
Sony Classical

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グレン・グールドの「A Stage of Wonder」というアルバムをよく聞く。
クラシックの中にあってはピアノ楽曲が好きな僕にとって
このアルバムはもう何回聞いたか知れない。
バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」が
1955年と1981年のバージョンで収録されている。

1955年に父親は生まれ、
1955年にグレングールドは23歳だった。
1981年に僕は生まれた。
1981年には父親は26歳であり、
グレングールドは49歳となった。

1955年版の圧倒的な速弾きと1981年の穏やかな演奏。
23歳のグレングールド
僕はあるいは、そういった季節にあるのだろう。
ほとばしる力はなくとも
何かにせきたてられるような
あせりはある。

父親はどうだったろう。
と最近思う。
母子家庭の息子にとっては
父親のことについては想像で補うしかない。
それでも語りかける。

「ねえ、お父さん。」

「僕は、幸せになれるかな。」

いろいろなことについてそれなりにうまくやれるような気がしていて
きっとどこに行っても大丈夫だと思っているけれど。
それでも満たされないこの気持ちはなんなんだろう。

画家になりたかったくせに
祖父の後を継いで
左官をしていた父親
壁にコンクリートを塗るときに何を思ったろう
憤りか
諦めか

あるいは、壁に塗ったコンクリート
父親にとってのアートだったのかもしれない。
芸術にあこがれながら叶わないこの血について思う。
そういえば祖父も左官業を父親に引き継いだ後は
彫刻家となった。

僕はしかし
1955年のグレングールドのように
せきたてられる衝動がある。



今ならなければならない
なるべきものに

美しい物語を書きたい
僕の持つ世界の残酷さや優しさや憂鬱や
そんなもの形にしたい

あらゆるものを掴みたい
あらゆる光を手にしたい
世界に対立するこの光は
いずれ調和の証となるだろう
僕は生きている
生きているとはつまり僕にとって
自分の世界を持つことでしかない