よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

someday over the rainbow

寺山修司少女詩集

角川書店

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一年に7日くらい、
とても幸福感に満ちた朝を迎えることがある。
それは毎年10月と4月にやってくる。

僕の感情や行動は季節に縛られることがとても多く、
夏には世界が終わってしまえばいいと思うような不幸を感じるが
秋や春は、それも天気のいい日には、生きている意味を感じるような
そんな幸福感が訪れる

冬には少し複雑な気持ちが入り混じっていて
愛憎愛半ばながら離れがたい季節ではある。

去年の今頃も、やはり僕は幸せでいたはずだ。
うん、まだ恋人とも出会っていなかった季節だけど
不思議と孤独ではなかった

週末に街をぶらぶら歩いて
夜は友達と待ち合わせて夕食を

そんな生活、悪くなかった
ずっとこうしているのかもしれないとも思っていた

特定の恋人がいなくても
色々なことを話してくれる友達がいた

季節は、一つ巡って
僕は今結婚している
まだ一緒に暮らしてはいない妻だけれど
今日は東京に来る

カーテンを探しに行くのだ

カーテン

カーテンをね

なんだかそんな嘘っぽい日常に
僕は少しだけ笑ってしまう

彼女とずっと過ごすであろう日常は
あまりに普通で
だからこそ自分には起こるはずがないと思っていて
今笑ってしまう

僕に何があったのか知らないけれど
僕は自分の人生を、周りの人々を、
まるでドラマを眺めているように
感じることがある

ハッピーエンドはひとりよがり
僕は幸せになれるだろう

だけど彼女は?


僕が幸せになれる7日/1年に恋人も幸せだろうか
今日、僕に会いに来る恋人は笑っているだろうか

自分が幸せだと世界も幸せなんだと思い込める楽観を
理解してくれるだろうか

毎晩一緒にお菓子と紅茶で幸せに
そして眠るのは僕ばかりで
隣の恋人が眠りにつけないでいるのを
ほうっておいて眠ってしまう僕を
許してくれるだろうか

だけど今日は天気がとてもいい
だから全部忘れてしまうな、10分後には
そんな僕の
懺悔なんだけどさ


白いテーブルに光が反射する窓辺に
僕はキーボードを打つ
台所には僕が昨日洗っておいた
妻の注文した鍋やフライパンがある
左手には僕が以前買った
ヨゼフチャペックのポスターがある

たまたま手に取った本は寺山修司少女詩集で
久しぶりに開いてみた

「二人で同じ桜んぼを食べることはできる
 二人で同じモーツァルトを聴くこともできる
 二人で同じホテルで海を見たあとで
 二人で同じベッドに眠ることもできる

 だが なぜだろう
 二人で同じ夢を見ることはできない」