よしこばブログ

13年間の国税局勤務を経て転身した、フリーライター小林の日常

とりとめもない話

東京という街に、自分が憧れを持っていたわけではない。
だけど僕は今の職場に就職が決まったときに、
突然求められた選択肢に対して、
東京行きを選んだ。

成功のイメージってやつとは違うと思う。
仕事自体は日本全国同じなのだ。
だからあのときの選択は、
言ってみれば地元から逃げ出したいということだったのだ。

なぜ。
僕には地元に家族が全員いて、
友達も、毎週末にお茶できるくらいにはいた。

だけど、僕は放り出したくなっていたのだ。
全部を。
突然一人でチェコへ行ったのも、そんな理由からだ。

僕は自由でいたかった。
自由でありたいというイメージが、かえって僕を不自由にし、
福岡にいさせてくれなかった。

誰に拒絶されたわけでもなく、
むしろ僕が拒絶したのだ。
「福岡にいる僕自身」を。

そして今。
僕は再び迷っている。
実はかなり分からなくなっている。

なぜ東京にいるのかということも、
こうやって文章にしながら再確認するくらいだ。

今、奥さんは出産のために僕の実家にいる。
僕はといえば、誰と会うわけでもなく、
一人で本を読んだり、眠ったり、仕事をしたり。

独身の頃は、迷えども、答えは東京で暮らすことだと結論した。
結婚し、子供が産まれることでそのバランスが揺らいだのだ。

僕の親戚はおおむね九州にいる。
それも北九州市にほとんど。
母方・父方・両方の実家も北九州だった。

そこには優しい祖父も、厳しい祖父も、
静かな祖母も、口の過ぎる祖母もいた。
意地悪な従兄弟もいたし、
僕の味方になる従兄弟もいた。
年上のお姉さんに憧れたこともある。

たくさんの人々に囲まれて、
僕は人の気持ちの複雑さを知ったし、
優しくなれたと思っている。

そんなあれこれと、切り離されて僕は今東京にいる。

正直言って、
僕に、父親以外の役目が果たせるとは思えない。
おじいちゃん・おばあちゃん。従兄弟。
両親の友達。

たくさんの役割がある中で、
僕と妻は、「父親」と「母親」以外にはなりえない。

今、妻が実家にいるのも、
僕が「夫」以上の役割を担えなかったからだ。

そんなことを考え始めると、
僕が東京にいることの意味が全くなくなってしまうような
気がしてしまう。

僕は逃げ出すように出てきた東京が大好きになった。

神楽坂の椿屋
井の頭公園
表参道のライブハウス
東京芸大の公開講義
国立近代美術館
下北沢シネアートン

そしてなにより
出会った人々。

会社の関係だけではなく、
それ以外の出会いもとても多かった。
このブログを通じて出会った人たちもいた。

僕は、前みたいに『ご飯行かない?』と
言えなくなっている。
気後れしてしまっている。

桜坂を一緒に歩いた人。
なんとなく手をつないで上野公園を歩いた人。
プラモデルが大好きで、そのために仕事している人。
お酒を飲みながらダーツをした人。

いろんなことが、綺麗な思い出になりすぎて、ちょっと悲しい。
福岡のいろいろも、綺麗な思い出になり過ぎて、消えてしまったから。

東京・福岡。
どっちに転んでも、僕は寂しいと思ってしまう。
そしていい思い出にしてしまって、
ちょっぴりなきそうになったりする。

馬鹿みたいでしょう。